MAMIYA CULTURE LOG


OVA『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』感想

2,040文字
原作矢立肇、富野由悠季
監督高山文彦
脚本山賀博之
キャラクターデザイン美樹本晴彦
公開1989年 [OVA]
話数全6話

ある日、少年は “戦争” と出会った。

宇宙世紀0079。ジオンのサイクロプス隊が、連邦軍北極基地を襲撃した。目的は新型ガンダム・アレックス。だがアレックスは間一髪のところで破壊を免れ、サイド6へ向けて飛び立った後だった。そのサイド6に住むアルは、初めてのモビルスーツ戦を目撃。撃墜されたザクを追って、パイロットのバーニィと出会う。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』公式サイト

坊やが戦争の残酷さを知り、精神的に成長していく過程 をわずか6話で描き切った作品。ガンダム好きの知人達がみんな高く評価していて、ずっと気にはなっていたものの、古い作品ということもあってなかなか腰が重かった。今回、Netflix配信開始と連休のタイミングが重なりようやく視聴。

90年代の作画には抵抗はない。セル画はむしろ好き。ただ最近のアニメとは違う少し古いノリが正直きつくて、序盤は「これから面白くなることを期待しながら頑張って見ている」感覚もあった。しかしアルが戦争の当事者として巻き込まれていく過程で、徐々に作品世界へ惹き込まれていった。

まだ作品に完全に入り込めていなかった3話くらいまで視聴を続けられた理由。今思い返すとかなり単純で…… バーニィのビジュアルがめちゃくちゃ好みだったからなんだよな。特に5話のバーニィ。伏し目がちな瞳と、時折見せる儚げな表情があまりにもメロすぎた。ただその表情に至るまでの背景を考えると「メロい」なんて言葉は軽すぎて恥ずかしくなる。自分はどんな作品でもキャラクターに惹かれないとなかなか最後まで完走できないタイプなので、そこは許してほしい。

第5話のサブタイトル「嘘だと言ってよ、バーニィ」を見て、『これが噂の……!』と少しワクワクしていた。だけどその回単体では意外と拍子抜けした感覚もあった。そのまま続けて最終回6話を再生。そして、あのクライマックスを浴びる。

——ああ、嘘だと言ってよ、バーニィって、こういうことだったのか、と。

自分の中で、本当の意味で「嘘だと言ってよ、バーニィ」という感情が落ちてきたのは、最終回を見終えた瞬間だった。 そういえば、「嘘だと言ってよ、バーニィ」はアルの心情であって、実際には劇中でこの台詞出てこなかった。

アルはもちろんだけど、バーニィ自身もまだ未来のある若者なんだよな。この絶妙な年齢設定が良かった。もしバーニィがもっと年上だったら、小学生のアルを危険な世界へ連れ回している構図に抵抗があったかもしれない。二人が兄弟みたいな距離感だったからこそ、あの関係性を自然に受け入れられたんだと思う。(状況自体は全然微笑ましくないのだけど)

アルにとってバーニィは純粋にカッコいいお兄ちゃんだった。一方バーニィも戦争の残酷さを知りながら、それでもアルを守りたい、期待に応えたいという気持ちがあったんだろう。アルも幼いがバーニィもまた未熟な若者。俯瞰して見ればバーニィは戦うべきではなかったのかもしれない。でもそれは結果論でしかない。

ラスト、半壊した小学校の朝礼で涙を流すアルに対して「戦争なんてまたすぐ始まるって!」と悪意なく励ます友達。その言葉があまりにも皮肉で、残酷だった。アルだけが戦争を他人事ではないものとして知ってしまった。当事者意識を持ってしまった。それがまだ幼いアルにとって本当に良いことだったのか…… 現実を知るにはアルはまだ幼すぎた気がしてならない。彼がこれからどんな大人になっていくのか、少し怖くもあり、気になってしまう。

だからこそバーニィのビデオレターは、この物語における唯一の救いだったんだと思う。あれがなければアルはクリスへ憎しみを抱えたまま生きていたかもしれないし、成長する過程で自分が招いた悲劇を何度も反芻して、自身を責め続けていたかもしれない。

戦争はフィクションじゃない。今この瞬間も、世界のどこかで胸が痛くなるような悲劇が起きている。しかし日本で平和に暮らしていると、遠い国の戦争ですら「最近の物価高いな……」くらいの感覚でしか実感できないこともある。太平洋戦争を題材にした映画を見てもどこかファンタジーのように感じてしまう。

アルの周囲にいた小学生達と、自分も本質的には変わらないんだと思った。初見ゆえに細かい部分は見落としていると思う。でも結末を知った今だからこそ、クリスマスになったらまた見返したい作品になった。

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