MAMIYA CULTURE LOG


『ストリートファイターZERO』感想

1,662文字

ストリートファイターZERO 新装版
https://amzn.asia/d/3RrhAr3


リュウが自分の中に眠る「殺意の波動」に目ざめ、その波動と闘う精神の葛藤が描かれた、ストファイ・コミック中の名作。
※『さくらがんばる! 』のもとになったコミック。 本作のなかで殺されかけたさくらが、リュウに再び会うためにストリートファイトの道に進んだのが続編として『さくらがんばる! 』につながった。

補足 「殺意の波動」に支配され、己のコントロールを失い、ただの破壊者となってしまうリュウの苦悩。 この「殺意の波動」は、コミックからゲームに逆輸入され、主人公リュウのキャラクター性を大きく変えた重要な設定といわれている。

過去の関連記事
新装版『さくらがんばる!』感想

問題のシーン

このページを初見で読んだ時の衝撃は忘れない。

下記、自分用の備忘録として。

しん‐ゆう〔‐イウ〕【心友】

心の通い合った友。同心の友。
「老いの身を互にいたわりあうような―が欲しい」〈中山義秀・厚物咲〉

https://kotobank.jp/word/%E5%BF%83%E5%8F%8B-539168

『親友』ではなく、『心友』なの良いな~~
親しい友達<心の友…(個人的解釈)

「リュウが殺意の波動に目覚めたときには彼を殺してでも止めるように」と、幼少時代にケンは剛拳からそう言いつかっている。

それにも関わらず……

何故ケンは「殺意の波動」を認めないのか?


『真の格闘家』とは?
リュウにとっての「真の格闘家」は『誰よりも強く』

「真の格闘家」になるまで死ぬ訳にはいかない。だが死闘をくぐり抜けなければ「真の格闘家」たり得ない。『殺意の波動』とは、そんな心のもつれが生み出す。それは悪しき「気」の流れ、己が未熟だから――

リュウはサガットを倒す際に昇龍拳を放ち、「格闘家としての死ではなく人間としての生を選んだ」ことで『殺意の波動』に目覚める。
「殺意の波動」とは『究極の自己防衛本能』すなわち「死への恐怖」と「相手への憎悪」が引き金となる。リュウの場合、この条件は仲間や友人が当て嵌まっても成立する。 ※後半、武神流ガイさんの登場で「殺意の波動」の真の意味について語られるが現時点ではこんな感じ。

では、ケンはどうか?
強くなると、さびしい。

この時点では「真の格闘家」についてあまり興味のない様子。※家庭を持ち始めてから「真の格闘家」について自分なりの答えを得ている。


倒したい相手、高め合う相手がいてこそ「真の格闘家」


『同門』だからこそ「殺意の波動」は2人共通の問題であり、『親友』だからこそ信用と信頼を寄せているし感情剥き出しに弱音も吐ける…… そして『ライバル』だからこそ自分が一番相手の実力を分かっていて認めている。本気の拳でぶつかり合える。

はぁ〜〜〜〜〜(クソデカため息)


ケンは親友にしてライバルのリュウを殺したくはないし、逆にケンが「殺意の波動」にのまれたリュウから殺されるかもしない。2人同時に「殺意の波動」にのまれる可能性だってある。第三者(春麗)の忠告も聞かず、ケン自身にもふりかかる危機であったとしても……

『殺意の波動』に喰われてしまう程 俺達はヤワじゃない!!


だからケンは「殺意の波動」を『絶対』に認めない。
こうやってリュウが立ち止まった時に命懸けで導いてくれるのはケン…… なんだよな…… この断とうにも断ち切れない2人の「絆」よ……

ケンが『絶対』に認めないのは、自らの力を恐れるリュウに対して喝を入れるだけでなく、自身への戒めの意味もあるかもしれない。拳で語り合うのがこの2人らしいし、リュウの本気を引き出す為に煽るケンの姿が良き。その場にいる春麗さえも入る隙のない、2人の熱いぶつかり合い……

これが見たかった!!!!!


ケンの言葉に無言で肯定するリュウの図とか、何やかんやお互いに闘いを楽しむ姿とか、朝日をバックにしていても締まらないラストとか…(くそエモい)

はぁ〜〜〜〜〜〜〜(クソデカため息)

上記で書いたこと以外にも見所は沢山。本当にお勧めのシリーズです。